絵本の旅人

「読み聞かせ」のための実践レポートです!

鹿よ おれの兄弟よ

『鹿よ おれの兄弟よ』
 神沢 利子  文   G.D. パヴリーシン  絵
 Gennadiy Dmitriyevich Pavlishin  (原作)
 2005年 福音館書店

 

あらすじと感想

極東ロシアの狩猟民を題材とした大作です。狩猟の民は、動物の命をもらってその肉を食べ、骨や皮もあまさず生きる糧とする人たちです。地球上に散らばるあらゆる狩猟民がそうであるように自分たちの血肉となる動物への感謝と尊崇の思いがこの絵本のなかで美しく語られ、描かれています。狩人は鹿を追って小舟で川をさかのぼり、岸辺で野営します。生きとし生けるものを育む自然が、狩人を深く包みます。ときに子どもの頃の狩猟の暮らしを、父や祖父母を思い出します。やがて枝角をかかげた大鹿とめぐり会います。銃を放ち仕留めます。鹿はきれいに解体されます。狩人はそのいのちの糧を積み、ふたたび小舟に乗って妻子のもとへ帰って行きます。簡潔でありながら詩の風格を発する文章、精緻で生命感に富んだ絵、それらが、人間と自然といのち、この根源的なテーマをひとつの本のなかに結晶化させています。近年刊行された絵本の中では最高峰にある作品です。神沢利子さんの代表作になるのではないでしょうか。


対象: 小学5年生 約30人 
場所: 教室(朝の読み聞かせ)

この大作を子どもたちの前で読み聞かせするとは思っていませんでした。内容がむずかしいわけではないのですが、高学年でも無理だろう、そう思い込んでいました。物語性に乏しく、文章は詩的過ぎるのです。すばらしい絵本ですが、読み聞かせとして掲げることはありませんでした。対するは5年生、本選びにはいつも悩まされる学年です。これというものが見つからず日が過ぎていきます。読み聞かせ前日、ふと本棚からこの絵本を取り出し、だれもいない部屋で“読み聞かせ”をしてみました。びっくりしました。自分が楽器となって音楽が部屋に鳴り渡る、そんな感じなのです。独特の響きを発する擬音が散りばめられています。いまだ聞いたことのない自然をとらえた新鮮な音。文は最初の一語から最後の一語まで、いっさい無駄のない音符で仕上げられているようです。おそらく作者は、何度も何度も声に出して読み、この文章を彫琢(ちょうたく)していったのでしょう。この絵本を読むと自然と言葉が流れ出てきます。絵は大判の紙面いっぱいに清冽で透明感のある風景を映し出していきます。立って読み聞かせしました。本を開き、声を発すると、体育の授業前でざわついていた教室がスッと静まります。気持ちのいい緊張感が本を閉じるまでつづきました。