絵本の旅人

「読み聞かせ」のための実践レポートです!

アンジュール

『アンジュール』
 ガブリエル バンサン  作
 ブックローン出版  1986年

あらすじと感想

この絵本には文字がありません。言葉がありません。クロッキーで描かれたスケッチ画のみでストーリーが展開されるのです。読むことも聞かす必要もありませんから、読み聞かせでこの作品を取り上げる人はあまりいないでしょう。物語は、郊外の路上で犬が飼い主に放り捨てられるところからはじまります。主人を追って犬は道をさ迷います。そのせいで大きな自動車事故を誘発したりします。ひとけのない海辺をさすらい歩き、やがて街へと向かいます。路地をふらつき、だれにも相手にされず邪魔者扱いされます。行くあてなくふたたび道を歩きはじめます。そのとき向こうから少年がやってきます。少年と捨て犬の出会い……少年は持っていたバッグを置いて犬のもとへ歩み寄ります。犬は少年に抱きつき、少年は犬をやさしく受けとめるのです。ページを占める余白の茫洋とした広がり、そこにデッサン風に描かれた犬の動き、佇まいが捨てられた犬の感情をひしひしと胸に訴えかけてきます。言葉を持たない犬、その心と気持ちをこの絵本は言葉を用いずに描き上げています。
ちなみにタイトルの「アンジュール」は犬の名前ではありません。フランス語でun jour、一日という意味です。原題は――UN JOUR,UN CHIEN。<ある犬の一日>となるのでしょうか。日本語版のサブタイトルは<ある犬の物語>となっています。


読み聞かせレポート 
対象: 小学1年 12人
場所: はまっ子ふれあいスクール

こんな体験ははじめてでした。ページをめくる音だけが聞こえる沈黙の読み聞かせ。1ページ、1ページ、食い入るように子どもたちは絵を見つめます。この作品は57ページあります。ページを開き6~8秒、絵を見せます。すべてめくり終わるまで7分ぐらいの時間だったでしょうか。とても長く感じました。ラッキーなことに人の出入りや電話、校内放送もありませんでした。この時間、静けさと子どもたちの真剣なまなざしにこちらのほうがワクワクしていました。はじめる前にこの絵本には文字も言葉もないことを伝え、絵に集中すること、おしゃべりは絶対にしないことをいっておきました。そして予想に反して!  奇跡的な“読み聞かせ”時間が生まれたのです。だけど、この日は全員1年生。言葉のない作品をどこまでわかってくれたのだろう? 終わってから聞いてみました。しばらくしーんとしていましたが、「はじめはかなしいはなしだけど、おわりはそうじゃない」と女の子が感想をいってくれました。言葉のない絵本から自分の言葉を紡ぎ出したのです。ほかに発言はありませんでした。みんなわかった? ではなくて どう感じた? と聞けばよかったと反省しています。そうしたらもっといろいろな気持ちが聞けたかもしれません。ページをめくる音だけが響いたあの時間、子どもたちの胸にどんなものが渦巻いていたのか、いまも気になっています。