絵本の旅人

「読み聞かせ」のための実践レポートです!

綱渡りの男

『綱渡りの男』
 モーディカイ・ガースティン  作 
 川本 三郎  訳
 2005年 小峰書店

 

あらすじと感想

ニューヨークで一番高いビル。400メートルもあるビルとビルの間を命綱なしで綱渡りしようとした若い男がいました。1974年夏のことです。男の名はフィリップ・プティ大道芸人です。この実話は2008年に『マン・オン・ワイヤー』というドキュメンタリー映画にもなっており、アカデミー部門賞を受けています。当然、危険極まりないこの挑戦は許可されるはずはないので、秘密のうちに行われます。絵本ではフィリップとその友人たちが200キロもある鋼鉄の太い綱を階段を上って屋上まで運んだり、なんと弓を用いてビルとビルの間に綱を渡すという至難のプロセスをていねいに語り、描きます。朝をむかえ、いよいよバランス棒1本持ったフィリップの綱渡りがはじまります。信じられないような冒険です。これが実話だということにまず衝撃があります。フィリップが渡ったのは、あの世界貿易センタービルです。27年後に同時多発テロの標的となり崩れ去ったタワーです。絵本では、かつて一人の男が命をかけた奇跡的出来事がダイナミックに表現されています。そして、多くの命が失われた歴史的悲劇もまた静かに伝えられています。


読み聞かせレポート
対象: 小学1・2年 5人
場所: はまっ子ふれあいスクール

表紙を見せたとたんにオッーと声が上がります。綱にのった片足、はるか下に豆粒のような小さなクルマ。ビルの屋上も眼下にあり、カモメの翼が足下にひろがります。大胆な構図が子どもたちを引きつけます。ニューヨークで一番高い(当時世界一)ビルにこっそりと入り込み、綱を張るまでの説明的なくだり……ちょっと低学年にはむずかしいかなと思いましたが、みんな真剣な顔で聞いています。そして綱を渡るシーンとなり、ニューヨークの空中に浮かぶようにあらわれたフィリップに子どもたちからため息がもれます。このページは片観音になっていて、広げると一瞬でズームアウトした場面に変わり、この驚くべき綱渡りが鳥瞰的な視野で眺められるのです。うわぁ~、すげえ~、これが実話だということを一言も話していませんが、子どもたちは本当にあったことだともうわかっているようでした。信じられないような出来事なのですが、ノンフィクションの成せる伝達力かもしれませんね。ラストで「ふたつのタワーはもうありません」という言葉とシンボルを失ったニューヨークの街があらわれます。みんな、えっ~という声。前代未聞の綱渡りは信じられても、この2つのタワーの消失はすぐには信じられなかったようです。最後に2001年9月11日に起こった悲しい出来事を伝え、読み聞かせを終えました。