絵本の旅人

「読み聞かせ」のための実践レポートです!

太陽をかこう

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『太陽をかこう』
 ブルーノ・ムナーリ 作   須賀敦子
  至光社 1984

 

たしか4歳だったか、保育園の窓ガラス越しに太陽をじっと瞬きもせずに見つめたことがあった。それ以来、まっしろく輝く真円の太陽が記憶の空に張り付いたままだ。
目によくないとはわかりつつも、最近ふたたび太陽を直視してみた。あの時と同じ太陽があった。遊戯室の板ガラスを通して見つめた太陽とまったく同じだった。なぜかほっとした。記憶が現実だったことに安心したのかもしれない。ときどき現実の記憶なのか、夢や空想を記憶したことなのか、わからなくなってしまうこともある。
ブルーノ・ムナーリ『太陽をかこう』という絵本がある。ムナーリはイタリア人。太陽を主人にした絵本には、もってこいの作者だ。もちろんアート感覚も秀逸。マッソンやミロのリトグラフ勅使河原蒼風(てしがわら・そうふう:草月流の創始者)のくろい太陽まで登場する。北イタリアの岩に彫った原始人の太陽。テンペラと筆で描かれた太陽。指で描かれた太陽。フェルトペンで描かれた太陽。にんげんの顔をした太陽。ひつじのおなかの下にかくれた太陽。きりえの太陽。うすめで見た太陽。草のむこうにしずむ太陽・・・。いろいろな太陽がいっぱい登場する。ほんものの太陽は、まぶしすぎてなかなか見ることはできない。でも、絵の太陽ならいくら見てもへっちゃらだ。太陽はひとつだけど、人は無限に太陽を描くことができる。

 

 

アンディとらいおん


『アンディとらいおん』
 ジェームズ・ドーハーディ 文・絵
 むらおか はなこ 訳

あらすじと感想

図書館からライオンの本を借りてきたアンディ。夢中になって本を読み、頭のなかはもうライオンのことでいっぱいに。朝、学校へ行く途中、アンディはなんとライオンと遭遇してしまいます。しかもそのライオンの足にはトゲが刺さっているのです。アンディはそのトゲを抜いてあげたのでライオンは大喜び。町へサーカスがやってきます。さっそくアンディも見に出かけます。ところが観客席へ逃げたライオンが飛び込んで大騒ぎになります。そして凶暴なライオンはアンディの前に立ちふさがり、アンディは絶体絶命に。でもそのライオンはあのトゲを抜いてあげたライオンだったのです。80ページという厚みのある絵本ですが、短く簡潔な文章にスピード感のあるストーリーであっとう間に読み切ってしまう作品です。左ページにテキスト、右ページに絵というスタイル、紙芝居風に次の展開へと進む構成も読み聞かせにとても合っています。

 

読み聞かせレポート
対象: 小学4年生 約30人 
場所: 教室(朝の読み聞かせ)

朝の読み聞かせの時は、教室に入り椅子に座ってから読む絵本を決める、ということにしました。今回は、このスタイルでのはじめての読み聞かせ。子どもたちのテンションはやや高め。選んだのは『アンディとらいおん』。他に2冊持っていきました。しっとりした空気だったら『つみきのいえ』(加藤久仁生 絵)、凛とした雰囲気だったら『あたらしいぼく』(ゾロトウ)にしようと思っていました。『アンディとらいおん』は副題に“しんせつをわすれなかったおはなし”とありますが、教訓めいているわけではありません。ページ数はありますが、10分以内で充分に読み切れます。読み聞かせで留意したのは、スピード感を失わないことです。40枚もの絵がめくりめく物語を速やかに進行していきます。噛まないよう、イントネーションが乱れないよう、通しで3回練習しました、立て板に水、でも早口にならないよう注意も必要。この絵本は3つに章立てされています。いきおい、どうしてもスピードが出てきたら、章の見開き扉のところでリセットできます。また、“そして”“そこで”“それから”“ところが”などの接続詞やセンテンスの途中で切れて次のページへいくという展開が多用されています。ページめくりがもたつくとスピード感どころか集中度も失速。まずは、前もって入念にページをめくりやすいように<めくりぐせ>をつけておきました。これ一番大事でした。

 

 

ルピナスさん

ルピナスさん』 
 バーバラ・クーニー 作
 掛川 恭子  訳

 

あらすじと感想

遠い国々の話をおじいちゃんからたくさん聞かせてもらった女の子。いつか自分も大きくなったら遠くへ行きたいと思います。「世の中を、もっとうつくしくするために、なにかしてもらいたいのだよ」大好きなおじいちゃんから贈られた言葉を胸に少女はやがて大人へと成長します。そして、昔からの夢だった遠い国々への旅を楽しみます。ある時、ラクダから落ちて大けがをしてしまいます。彼女は静養のため海辺近くの家で暮らしはじめます。部屋の窓から見えるルピナスの花。歩けるほど回復した時、彼女が大好きなそのルピナスの花が、丘のむこうで咲き乱れているのに心打たれます。そして、「世の中をもっとうつくしくする」というあの約束を果たすため、彼女は行動しはじめるのでした。花のうつくしさは人の心をなぐさめ、力づけます。命から生まれるうつくしさだからなのでしょう。そして、花のうつくしさに心動かされる人の心もまたうつくしいのですね。繊細さのなかに力強さを秘めたバーバラさんの絵が物語を不朽のものに高めています。


読み聞かせレポート 
対象: 小学5年生 約30人 
場所: 教室(朝の読み聞かせ)

道ばたでルピナスがむらさきの花を咲かせはじめた頃に読み聞かせしました。この作品が実話なのか、創作なのかはわかりません。でも、本当にあったことだと思わせる彫り深いディティールが印象に残ります。そして、あってほしいと思わずにはいられない話が語られています。未来へ残るべく強いプロットが貫かれています。読み聞かせしている時、全体的にはそれほど手応えはありませんでした。後ろのほうでにやにやと冷やかし気味でいた男の子の表情が物語が進むにつれ静まっていくのが視線の端にちらちらと入りました。目と目が何度か合い、そのたびにほほえんでくれた女の子もいました。その子はこの作品を知っていて、そして『ルピナスさん』が大好きなのかな。心強いほほえみでした。この絵本の作者バーバラ・クーニーが絵を担当した『満月をまって』(作 メアリー・リン・レイ)という作品があります。これも魂に深く刻まれるすばらしい物語で、子どもたちに紹介したい絵本のひとつです。こうした作品を読み聞かせするには自分のコンディションを整えていなければなりませんね。心を清め高めておかないと、こうした絵本はちゃんと読めないような気がします。

 

 

かわっちゃうの?

『かわっちゃうの?』
 アンソニー ブラウン  作  
 さくま ゆみこ 訳
 評論社 2005年

 

あらすじと感想

やかんにしっぽや耳が生えてきたり、ルームシューズに羽が伸びてきたり、男の子の身の回りで不思議な変化が起こりはじめます。洗面台の排水口がくちびるになったり、ソファがワニの姿となったり、椅子の背もたれがゴリラに変わったり、自転車の車輪がリンゴになったり・・・。考えられないようなことがありとあらゆる場面で起こりつづけます。アンソニー・ブラウンの画く子どもにはきっとモデルがいるのでしょうね。リアルでその内面まで表情にあらわれています。写実性と幻想性が重なったシュールな光景がページをめくるたびに繰り広げられます。まぼろしのようなこの変化は、じつはラストで待っていた夢のようなしあわせの予兆なのです。男の子に妹ができたのです。産衣にくるまれた赤ちゃんを抱っこする男の子とお父さん、お母さん。もう不可解なものなど一切ありません。はじまったばかりの家族4人のかけがいのない日常光景が最後のページにそっと添えられます。

 

読み聞かせレポート
対象: 小学1・2年 5人
場所: はまっ子ふれあいスクール

天気が良いのに外に出ないの? でない! ねえ、この本読んであげようか? 部屋遊びをしていた子たちに声をかけてみました。うん! といってひざもとにみんな集まってきました。そのなかにはつい一月前に妹が生まれたばかりの一年生の男の子もいます。図書館でこの絵本を見つけたとき、彼にはぜひとも読んであげなくちゃと思っていたので、グッドタイミング! それにこの絵本は、5、6人ぐらいの少人数で楽しむにはもってこいです。あっ、しっぽだ! ほらこんなとこにクツも! ページをめくるたびに隠し絵のような謎めいた光景があらわれます。子どもたちのテンションもどんどん上がります。みんな絵本の前に顔をならべて“変なもの探し”となりました。読み聞かせというより、これはもう『ミッケ!』の世界です。さて、エンディング、黒い扉から光がもれ、お父さんとお母さんが入ってきます。生まれたばかりの赤ちゃんがズームアップされます。元気な泣き声が聞こえてきそうなリアルな絵。妹を抱く男の子、新しい家族の誕生! しーん……。あれ? さっきまでかぶりつきだったのに。この転結はやっぱり無理があったかな。詩情あるこの作品をミッケ的に楽しみ過ぎたかもしれませんね。
「ああ、あかちゃんがうまれたんだね」例の男の子だけはそうつぶやき、妹を抱く絵本の男の子をちらりと見ていました。

 

 

エミリー

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『エミリー』
 
 マイケル・ビダード 文  掛川恭子 訳 
 バーバラ・クーニー 絵 
 ほるぷ出版 

 

詩人、エミリー・ディキンスンは、
晩年の25年間、
屋敷から外へ一歩も出ようとしなかったといいます。
でも、庭だけはべつで、草花を愛した彼女は、
腕のいいガーディニストだったようです。
そんなエピソードから生まれた絵本が一冊あります。
向かいの家に住む少女との心の交流を描いた作品です。
もし、天使と天使が話をしているのなら
きっとこんな会話なのだろう・・・。
うつくしい言葉と絵はちからをくれます。
一日が輝く絵本が世界にはいっぱいあります。

そんなエミリー・ディキンソンの詩のなかから
わたしの好きな一篇を……

 

 草はなすべきことがあんまりないー

  草はなすべきことがあんまりないー

  単純な緑のひろがりー

  ただ蝶の卵を孵し

  蜜蜂をもてなすだけー

 

  そしてそよ風が運んでくる

  美しい調べに一日じゅう揺れー

  日光をひぜに抱きかかえ

  みんなにお辞儀をしー

 

  そして一晩じゅう、真珠のような、

  露に糸を通しー

  美しく着飾るものだから

  公爵夫人も平凡すぎる

  その装いの前ではー

 

  そして死ぬ時もー神聖な

  匂いにつつまれて去るー

 

  『対訳 ディキンソン詩集』 

   亀井俊介 編 (岩波文庫

 

 

綱渡りの男

『綱渡りの男』
 モーディカイ・ガースティン  作 
 川本 三郎  訳
 2005年 小峰書店

 

あらすじと感想

ニューヨークで一番高いビル。400メートルもあるビルとビルの間を命綱なしで綱渡りしようとした若い男がいました。1974年夏のことです。男の名はフィリップ・プティ大道芸人です。この実話は2008年に『マン・オン・ワイヤー』というドキュメンタリー映画にもなっており、アカデミー部門賞を受けています。当然、危険極まりないこの挑戦は許可されるはずはないので、秘密のうちに行われます。絵本ではフィリップとその友人たちが200キロもある鋼鉄の太い綱を階段を上って屋上まで運んだり、なんと弓を用いてビルとビルの間に綱を渡すという至難のプロセスをていねいに語り、描きます。朝をむかえ、いよいよバランス棒1本持ったフィリップの綱渡りがはじまります。信じられないような冒険です。これが実話だということにまず衝撃があります。フィリップが渡ったのは、あの世界貿易センタービルです。27年後に同時多発テロの標的となり崩れ去ったタワーです。絵本では、かつて一人の男が命をかけた奇跡的出来事がダイナミックに表現されています。そして、多くの命が失われた歴史的悲劇もまた静かに伝えられています。


読み聞かせレポート
対象: 小学1・2年 5人
場所: はまっ子ふれあいスクール

表紙を見せたとたんにオッーと声が上がります。綱にのった片足、はるか下に豆粒のような小さなクルマ。ビルの屋上も眼下にあり、カモメの翼が足下にひろがります。大胆な構図が子どもたちを引きつけます。ニューヨークで一番高い(当時世界一)ビルにこっそりと入り込み、綱を張るまでの説明的なくだり……ちょっと低学年にはむずかしいかなと思いましたが、みんな真剣な顔で聞いています。そして綱を渡るシーンとなり、ニューヨークの空中に浮かぶようにあらわれたフィリップに子どもたちからため息がもれます。このページは片観音になっていて、広げると一瞬でズームアウトした場面に変わり、この驚くべき綱渡りが鳥瞰的な視野で眺められるのです。うわぁ~、すげえ~、これが実話だということを一言も話していませんが、子どもたちは本当にあったことだともうわかっているようでした。信じられないような出来事なのですが、ノンフィクションの成せる伝達力かもしれませんね。ラストで「ふたつのタワーはもうありません」という言葉とシンボルを失ったニューヨークの街があらわれます。みんな、えっ~という声。前代未聞の綱渡りは信じられても、この2つのタワーの消失はすぐには信じられなかったようです。最後に2001年9月11日に起こった悲しい出来事を伝え、読み聞かせを終えました。

 

 

鹿よ おれの兄弟よ

『鹿よ おれの兄弟よ』
 神沢 利子  文   G.D. パヴリーシン  絵
 Gennadiy Dmitriyevich Pavlishin  (原作)
 2005年 福音館書店

 

あらすじと感想

極東ロシアの狩猟民を題材とした大作です。狩猟の民は、動物の命をもらってその肉を食べ、骨や皮もあまさず生きる糧とする人たちです。地球上に散らばるあらゆる狩猟民がそうであるように自分たちの血肉となる動物への感謝と尊崇の思いがこの絵本のなかで美しく語られ、描かれています。狩人は鹿を追って小舟で川をさかのぼり、岸辺で野営します。生きとし生けるものを育む自然が、狩人を深く包みます。ときに子どもの頃の狩猟の暮らしを、父や祖父母を思い出します。やがて枝角をかかげた大鹿とめぐり会います。銃を放ち仕留めます。鹿はきれいに解体されます。狩人はそのいのちの糧を積み、ふたたび小舟に乗って妻子のもとへ帰って行きます。簡潔でありながら詩の風格を発する文章、精緻で生命感に富んだ絵、それらが、人間と自然といのち、この根源的なテーマをひとつの本のなかに結晶化させています。近年刊行された絵本の中では最高峰にある作品です。神沢利子さんの代表作になるのではないでしょうか。


対象: 小学5年生 約30人 
場所: 教室(朝の読み聞かせ)

この大作を子どもたちの前で読み聞かせするとは思っていませんでした。内容がむずかしいわけではないのですが、高学年でも無理だろう、そう思い込んでいました。物語性に乏しく、文章は詩的過ぎるのです。すばらしい絵本ですが、読み聞かせとして掲げることはありませんでした。対するは5年生、本選びにはいつも悩まされる学年です。これというものが見つからず日が過ぎていきます。読み聞かせ前日、ふと本棚からこの絵本を取り出し、だれもいない部屋で“読み聞かせ”をしてみました。びっくりしました。自分が楽器となって音楽が部屋に鳴り渡る、そんな感じなのです。独特の響きを発する擬音が散りばめられています。いまだ聞いたことのない自然をとらえた新鮮な音。文は最初の一語から最後の一語まで、いっさい無駄のない音符で仕上げられているようです。おそらく作者は、何度も何度も声に出して読み、この文章を彫琢(ちょうたく)していったのでしょう。この絵本を読むと自然と言葉が流れ出てきます。絵は大判の紙面いっぱいに清冽で透明感のある風景を映し出していきます。立って読み聞かせしました。本を開き、声を発すると、体育の授業前でざわついていた教室がスッと静まります。気持ちのいい緊張感が本を閉じるまでつづきました。