絵本の旅人

「読み聞かせ」のための実践レポートです!

まさ夢いちじく

『まさ夢いちじく』
 クリス・ヴァン・オールズバーグ   作
 村上 春樹   訳
 河出書房新社  1994年
あらすじと感想

神経質で自分の飼い犬にも冷たい歯科医のピボット。ある日、歯を病んだおばあさんがやってきて治してあげます。ところがおばあさんはお金がなく、治療代にいちじくを2個差し出すのです。このいちじくを食べると夢が本当に起こってしまうというのです。ピボットは怒りますが、しかたなく受け取る以外ありません。ある夜、ピボットはそのいちじくを一つ食べてみました。次の日、飼い犬のマルセルと町へ散歩に出かけると、ピボットの身にとんでもないことが起こりました。昨晩、夢で見たことがそのまま現実となったのです。おばあさんのいったことが本当だとわかり、ピボットは大金持ちになる夢が見られるように一生懸命訓練します。そして、思った通りの夢を見られるようになり、いよいよ残った一個のいちじくを食べようとした矢先、マルセルがパクリ・・・。翌朝、ピボットに信じられないような悲劇が起こるのです。
物語の主役ピボットは性格も顔つきもいやなやつです。なにせ自分の飼い犬をかわいがるどころか、虐待さえしかねない男なのです。だから、最後の大どんでん返しには、思わずカタルシスを覚えるのでした。


読み聞かせレポート

対象: 小学5年生 約30人 
場所: 教室(朝の読み聞かせ)

この日、対するのは5年生。読み聞かせを行う者にとって手強い学年です。4、5年生になるとマンガや映画、ゲームなどでさまざまな物語を堪能しています。自分の好きなタイトルをいくつか持ち、そこにどっぷりと浸かっています。それを超えるか、少なくとも同等の作品を差し出さないと、冷ややかな視線やどんよりとした空気感にさいなまれます。しかし、10分の読み聞かせ時間で、彼ら彼女たちの心を鷲づかみにする物語などそうそうありません。この限られた時間内での戦略は、インパクトを与えることです。媚びることなく、迎合することなく。オールズバーグの作品は、絵もストーリーも陰影に富んでおり、一度その世界に触れたら忘れ得ぬ独特の印象を与えます。さらにこの作品は毒気も含んでいます。この毒気もかいでもらいたかったのです。さて、結果はいかに……。この作品の醍醐味はラストのどんでん返しなのですが、残念ながらそこでは反応がイマイチでした。みんな意味わかった? 思わず聞いてしまいました。でも、ヒーローも優しい者も、いい人も登場しないこの異質の絵本が10分間、静かに、そして厳かに5年生たちを引っ張っていたとわたしは思います。